途中に

こんばんは

未だにジメジメした三涼四暑の快適さのなかで、天気に対する不快指数(?)の呑気さはさほど変わらず……。そんな夏と秋の間のビミョーな時期にブログのネタ切れが起こるのは仕方がないんですね。うん、きっとそうです。

四月から毎日欠かさず書いてきた日記も最近書く気が起こらなくなってきたので、まあこれを機に頻度を下げてブログにするか。

 [初投稿 - Down the Rabbit-Holeより引用]

先日、はうさんがDown the Rabbit-Holeを開設されました。これもきっとそういう理由なんでしょう。私はそうなんだと思っておきます。

 

さて、これまで5つほど記事を世に放ってしまったわけです。しかし、これまでにブログの定義付けのようなモノを一度していない。今更ながらそんなことをしていきます。

 

大前提として、これは基本的に日記です。つれづれと日々感じることを書き綴……っていないですよね。無理やり日本古典のジャンル分けにこじつけてみよう。とすると、「漢文日記」と呼ばれるものに近いのではないかと感じます。偉い人、賢い人の言動を中心に記録し、以後の自分のためにするというやつです。(罠で、必ずしも自分のためになっているとは限らないです。)

 

日々のwajinさまのお言葉を解釈していく。これは彼を中心に回る世界を読み解くことに他なりません。wajin中心主義の世界観のもとでは非常に価値の高いことです。

例えば魯国の孔子さま。彼の思想は「儒教」という形で中華世界全体に広まっていったわけです。そして、その中で彼の著作である『春秋』に対する解釈が成立してきました。『左氏伝』なり『公羊伝』なり『穀梁伝』なり。そういったものが湧出したわけです。そうだとされてきたことがあるはずです。

ええとそれで……。現代において孔子に匹敵する方といえばwajinさまであることに疑いはないでしょう。そんなこんなで、孔子を読んでいるつもりで、私と、きっといつかどこかの世界の誰かのためにだらだらーっと飽きるまで解釈作業を続けていこうかなぁという次第です。世界のいつどこにwajin中心主義が広まっていきますかねぇ……?

 

 ブログのタイトルとして「物語」を冠しました。何もかも何もないことです。無責任にものが書けるってもんですよね。だから思ったことと書いてあることが違って、書いたことが思ったことを半端に上書きしちゃってって一貫性のない文字列が生まれるわけです。それでも、書かれたことが大切なんですかねぇ……?

 

そりでは😉